これまで、交流会や勉強会は、大衆(みんな)に直接接触する最前線として位置付けられてきた。(とりわけ、人繋がり⇒出会いを目的にした交流会は新陳代謝が激しく、場の色彩が強い。それに対して勉強会は、やや閉鎖的・集団的な色彩を帯びる。)
しかし実際には、勉強会はもちろん交流会さえ、閉鎖的・集団的イメージが付きまとう。それは、交流会や勉強会という場の様式が大衆需要(みんな期待)から外れており、それ故に特殊な人たちの集まりと写るからである。
とりわけ、時間拘束型(半日仕事)でカリキュラム型(押し付け・誘導色が出易い)の勉強会は、学校と同様に近代固有の古い様式であり、人間ウォッチングや『人と答えが一体のまつり場』を求める新潮流にマッチしていない。
この、みんな期待に応える『人と答えが一体のまつり場』こそ、(もともと交流会・勉強会に人を集めてくる最前線として位置付けられていた、どこ交やミニ交の中から編み出された)有料のなんでや露店であり、このなんでや露店こそ、『みんな』に直接接触する文字通りの最前線である。 |
|