採集・漁撈・狩猟から栽培・牧畜・遊牧へ
246859 家畜化と農耕と遊牧、都市国家2〜家畜化と社会余剰〜
 
彗星 ( 中年 ) 11/03/08 PM05 【印刷用へ
[heuristic ways]のサイトより『家畜化と社会余剰(リンク)』より。
---------------------------------------1より
 文明の発生ということを説明するために、著者は英国の考古学者チャイルドのいう「社会余剰」(ソシアルサープラス)という用語を持ち出している。《…ごくあっさりと説明するならば、社会余剰とは、社会のなかにあって食糧生産に従事しなくてもよい人間のことである。そして文明とは、この食糧生産に従事しなくてもよい人間たちによって、つくりだされたのである。》
 こうした社会余剰が成り立つためには、まず十分な食糧余剰が存在しなければならない。さらに、社会余剰や食糧余剰が「集中され、組織される」ようにならなければ、文明というものは成立しない。
 ここで著者は、農耕生活者(農耕民)の社会と牧畜生活者(遊牧民)の社会とが、相互に依存(交換)しあいつつ、時に敵対(戦争)する場面を想定する。そして、農耕民社会に侵入する「遊牧民の論理」に関して、次のように説明している。
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牧畜生活者も、いまでは搾乳ということを知って、家畜の乳を、かれらの最も重要な食糧資源としている。ところでこの乳というものは、家畜を殺したうえでなければ手に入らない肉とはちがって、家畜がかれらの子どもにのませるためにつくった、いわば家畜によって家畜のために生産された食物なのである。だから牧畜生活者は、家畜の生産した食糧の余剰をピンハネしている、ずるい奴だといわれても仕方がない。
 牧畜生活者は、乳や肉だけを食物にして暮らせないわけではないけれども、かれらにすれば、やはり穀物も食べてみたいのである。かれらはいままでに、いろいろな機会をとおして、農耕生活者のつくった穀物を食い、そのうまさもすでに知っていたことだろう。たとえば乾季に農耕生活者の家畜をあずかり、そのお礼としてもらった穀物を食っていたかもしれないのである。しかし、牧畜生活者もちゃんとした人間である。穀物ほしさに、農耕生活者のところへいって、強盗したり殺人したりするようなことはしない。
 けれども、もし、農耕生活者のがわに、食糧余剰ができて、それを集めて倉庫にしまいこんでいるというようなうわさが、農耕社会に出入りしているものから聞こえてくると、余剰のピンハネなら、家畜の乳のピンハネと同じことじゃないか、そんなものを遊ばしておく手はない、というのがかれらの論理である。
 それじゃ、あの集団をひとつ手に入れようじゃないか……。これもかれらの論理である。そもそものはじめ、かれらが家畜を手に入れたときでも、一頭一頭を相手にするようなケチくさいまねはしないで、群れごとごっそりと手に入れたのである。それをここで思いかえしていただきたい。
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そしてこうした「遊牧民の論理」、いや実際の侵入や襲撃に対抗するために、農耕民集団のがわにも、職業的軍人、常備軍が必要になってくる。さらに、こうして軍事化した農耕民集団は、農耕民集団同士でも戦争を起こすことがあるだろう。このとき勝利した軍の指揮者は、大歓迎を受け、その発言力を強める。《かれの社会的地位はついに神格化されて、食糧余剰を一手に掌握し、それによって、神官、軍隊、役人をはじめ、その他必要なもろもろの職人、労働者をまるがかえにすることが可能となる。》
 著者はこうした有機的統合体を、「超世帯的世帯」(スーパーオイキア)と呼ぶ。
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いまや古い経済組織と社会組織とは、ヒツジの群れの経済組織と社会組織にたとえられるものとなり、超世帯的世帯それ自身は、これに対して新たにヒツジ飼いの経済組織なり、社会組織なりを作ることとなったのである。このようにして人類の社会は立体化し、はじめて縦に分かれたふたつの社会の重複構造をとるようになる。社会がこのような構造をとるにいたったときには、これを重層社会とよんで、いままでのような重層化のみられぬ、原始以来の単層社会と区別することができる。
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著者によれば、こうした「超世帯的世帯」が「国家の原型となるもの」であり、「歴史的にみれば、これはいわゆる都市国家へ、いま一歩というところまできている国家を想定しているのである」。
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